野津龍先生の訃報を本紙上で知った。ことぶき学園で野津先生の「因幡の麒麟獅子舞」の講演をお聞きしたことがある。今から十何年も前のような気がする。頭に一角の麒麟について、幾つかの著書に想像上の動物と記述されていることに、最近少し抵抗を感じながら、孔子が見た遠い昔の麒麟への関心は今も変わらない。野津先生の講演の思い出が少しずつ頭の片隅から湧いてくる。
麒麟は今から2500年前、中国に実在したともいわれている。集英社の「孔子画伝」によると、孔子を懐妊した母顔徴在は、儒と呼ばれる招魂や葬儀を行う祈祷師の一族で、あるとき母のもとに麒麟がやってきて、口から玉書を吐き出し、聖人の誕生を予言し祝福した。神秘的な麒麟の予言通り孔子は生まれた。孔子は母方の祈祷集団の中で礼楽や文字を学び霊獣の話も聞いて育ったと思う。
孔子71歳のとき、魯国で大規模な狩りがあった。叔孫氏の部下が角が1本伸びた奇妙な動物を射止めた。孔子に尋ねると「これは麟だ」。幼少の孔子に母が語り教えた優しい仁獣の記憶が麟だと言わせたと思う。孔子が見たこの麒麟の死は、絶滅を予感させ、乱世を嘆いて慟哭したと伝えられている。
釈尊はネパールで生まれ、くしくも孔子とほとんど同じ世代を生きて仏となった。釈尊は犀の一角に生きざまを学び「犀の角のようにただ独り歩め」と修行僧に自立心を教えている。ちなみに犀の一角は骨性のものでなく髪の毛と同じたんぱく質の軟質で、麒麟の一角も肉質の塊といわれて武器ではなかった。
孔子や釈尊は、天を指す一角の聖獣から優しさや自立の心の糧を遺してくれた。冷たさを感じる現代、仁獣麒麟は今も因幡で豊かな命を麒麟獅子舞で生き跳ねている。
by 松浪 孔 2015.7.19
