心に残る瓦屋根の景観

 旅をして、古い家並みの地味な美しさに出合うことがある。瓦屋根で心に残るいくつかをあげれば、まず奈良の元興寺の瓦屋根。最古の瓦ぶきといわれる飛鳥寺の瓦は、朝鮮百済から渡来した四人の瓦工人によって作られた。当時の人々は瓦博士と呼んで、初めて見る寺の瓦ぶきを驚嘆の思いで眺めていたと思う。

 平城遷都で奈良に飛鳥寺が移され、元興寺となった。本堂と禅室屋根の一部に創建時の飛鳥寺の行基丸瓦が今もふかれて、いらかの波の色模様が心のあかを洗い流してくれる。

 温かさを感じるのが倉敷の有隣荘で、実業家大原孫三郎が家族の癒やしの住まいに昭和三年に建てた。緑の屋根瓦は泉州谷川瓦の特注品で中国の孔子びょうを模したといわれている。川の向かいから眺める緑御殿は、名の通りえる温かさに包まれ、心が和むのである。

 旧閑谷学校は江戸前期、備前に庶民教育の学校としして開かれた。元禄十四 (1701) 年に改築され、講堂、聖堂などの全部の屋根が伊部の陶工たちで焼かれた備前焼瓦にふき替えられた。その数十万枚といわれている。晩秋の山を背に、元禄の備前焼瓦の講堂と一対のカイの木の紅葉は特に美しい。

 昭和三十四年に傷んだ瓦約一万枚が、取り替えられた。改修工事に当たった県教委は、価値の出た元禄瓦の持ち出しを防ぐため一カ所に集め、閑谷学校のある場所に埋めてしまった。気になる話である。

 どの瓦屋根も、古い本瓦ぶき特有の流れの美しさがある。さらに美しく着飾ってくれるのが、家屋に宿る歴史であると思う。

 心に残る瓦屋根は、と問われたら奈良の元興寺と答える。碧天(へきてん)の飛鳥瓦が語りかける思いは、遠い百済への郷愁であり、いつまでも去り難い気持ちにさせてくれるからである。

 by 松浪 孔 2007.12.4