会社勤めを終えて振り返れば、学び足りない無知の多さに気づいた。日本の焼き物の窯元を訪ね、そして古い歴史の町並みの風に触れ史跡で知る楽しさを、旅に求め始めた。
倭の国と呼ばれた古代。仏教が渡来し国づくりでにぎわった明日香宮は今、静かな里山に戻った。いくつかの史跡の遥かな岡に念ずるようにたたずめば心象の昔が見えてくる。
蘇我馬子によって百済から仏教が漢字、陶芸、絵画など大陸文化が海を渡り河内から峠を越えて明日香にきた。推古女帝はおいの聖徳太子と蘇我馬子らで国家組織をつくりあげ、薫り漂う飛鳥寺を建立した。4人の瓦工人ら渡来人が組み立てる寺に村の人々は集い驚嘆して眺めた。日本で一番古いこの飛鳥寺は今、明日香の村にはない。
時を経て元明女帝は 710 (和銅3) 年、故郷の都を後に文武の役人を従えて北の平城 (奈良) に都を移した。奈良時代の7代七十余年の間、元明女帝をはじめ元正・孝謙・称徳と四たび女帝が皇位に座った女の都であった。
奈良といえば東大寺や興福寺に代表されるが、昔は興福寺の南隣に広大な屋敷の寺があった。元明女帝が明日香の飛鳥寺をこの地に移し今は元興寺と呼ばれる女帝ゆかりの寺である。民家に狭められても気にしない婉麗さが元興寺である。門をくぐると本堂と禅堂が昔の姿で迎えてくれる。見上げると行基丸瓦が温かく堂を覆い、歳月が彩る甍の波が絵のように映えて明日香の昔に合えた感動が今も心に残る。訪ねる旅は出合いに感動する旅でもあった。
2025年、古都奈良から高市早苗首相が誕生した。自らを鉄の女と力説する憲政史上初の女性首相である。古代の女帝が国造りした古都で高市首相の誕生は偶然だろうか。 奈良は女の都に変わりはないと思う。
by 松浪 孔 2026.2.1
