豪雪の後も荒れ模様の日が長く続くと、出足をくじかれ生活に歪みを感じる。コタツで新聞を見たり、居眠りしたり一日が過ぎる。 時の刻みを手伝ってくれるのが手元にある黒い筒形の湯呑みである。手に取って眺めていると昔の思いがわいてきて語りかけてくる。
この湯呑みは33年前、北九州に在職していた時買った端正な筒形の龍門司焼の黒物と呼ばれる日用雑器で、高価なものではないが黒なのに温かい深い黒色に魅力を感じた。
湯呑みの古里鹿児島の窯は、昔「慶長の役」で朝鮮半島から渡来し帰化した陶工の子孫が主流であるが異色の出の名工もいた。平家末裔の5代目の当主、川原重治の代に家産が傾き重治の次男、種時を龍門司窯にあずけ陶業につかせた。この種時が薩摩焼中興の祖といわれる川原芳工である。川原家からは名工が生まれ今の龍門司焼理事長の川原史郎氏も家系の方と思う。一昨年龍門司窯元を訪れた時、工房の囲炉裏をかこんで川原氏からお話を聞いた。若いのに立派な鼻髭を生やし気さくな人柄が印象に残っている。河原氏は龍門司焼の黒釉は昔から「ガネミソ」といって地中から湧き出る赤い泥と白砂を使って「ちぢみ黒」と呼ぶ独特の黒肌を作り出した。
白と黒は極限の色で忌事の色でもある。 その黒に魅惑を感じることもいくつかある。暗闇に、かすかな赤い明かりの点の広がりが黒色の温もりの手触りを龍門司の湯呑みに感じる。
陶土を求め歩いて龍門司窯に辿り着く初期の数十年の歳月は、渡来陶工の異国での哀しみと生きる覚悟の宿命的な歴史があった。今、窯場の陶工は長い歴史を背負って窯の火を守り続けている。地元でしか出せない味、大地の恵みで生まれた「ちぢみ黒」の湯呑みを手に取ってしみじみ黒の魅力を感じるのである。
by 松浪 孔 2011.2.7