寒い冬の季節、部屋にこもる私を和ませてくれる絵皿がある。 5寸の高台皿に、垣根に楓を図案化した色鍋島は、赤と藍の2色の簡素な手書きの風雅が心を和ませて冬の一日飽きることがない。
平成2年、今から2年前、小倉駅北口の向かいのビルの陶磁店で片隅の小さな皿に目がとまった。控えめな品格が形姿、図柄から色鍋島だと直感した。私には手の届かない羨望の焼き物とこの店で出合う偶然に感動したことを覚えている。
色鍋島は江戸時代、佐賀藩主の鍋島侯が幕府や大名への贈答目的に大川内山の藩窯で製作された売品ではない端正な焼き物である。木盃形の高台に櫛歯文が描かれ、図柄の純日本的な花、果実の模様は品格が漂って鍋島様式といわれている。明治4年の廃藩置県で長い藩窯の火は消えた。有田皿山で創業の近代化した製磁会社が昭和40年ごろになって突然、庭と楓を図柄にした斬新な色鍋島を数少なく製作されたことを知った。東京オリンピックの年である。藩窯の残火がつながった私には意味深い出合いの絵皿でる。
熊谷守一の随想集『蒼蝿』に「まえに棟方志功さんから無尽蔵と書いてくれと頼まれて、書きたくないっていったら棟方さんが無尽蔵と無一物は同じことなんだというのです」と老齢の守一を困らせる一文がある。人は裸で生まれてきて、肉体に宿る心が、人や自然との移り変わる多くの出合い、偶然の出合いで潤い生きてきた。限りない出合いの心の糧を無尽蔵というのだろうか。私が無限に出合った一齣の色鍋島は、偶然を逃さなかっただけである。昭和生まれの色鍋島は品格という重い荷物の鍋島様式を満たした小さな絵皿が、冬の一日を心象の世界に誘ってくれている。
by 松浪 孔 2016.3.17

